戦前におけるコレラ禍

火野葦平の「花と龍」に上海コレラが大流行した話が出てきます。実際にあったことを題材にしてるはずです。

1905年あたりのことだとされます。半月ほどで収まったようです。

ある時、組の者が出された食事を食べたあと苦しんであっという間に死んでしまった。最初は対立する組が食事に毒を入れたのかと思ったそうです。しかしながら、そうではなくコレラにやられたことが判明したそうです。

「このとき、門司もじ市全体を、暗黒の戦慄におとし入れた「上海シャンハイコレラ」の猖獗しょうけつは、浜尾組のみならず、すでに、市内の各所に、その兆候をあらわしていた。
 朝は気持よく起きて、話をしていた人間が、昼すぎに、四五回、ビイビイと、口から黄色い粘液汁を吐いたと思うと、一時間も経たずに死んでしまう。大して腹痛もないのに、便所に行って、下痢をすると、もう動けなかった。死者が、続出した。疑似コレラか、真性コレラかを判断する暇さえなかった。そのはげしさは、言語に絶した。
 浜尾組の長屋でも、三十人近くの患者が出たため、附近一帯、二百五十人ほどの者が、隔離された。周辺の人達は逃げてしまった。
 張りめぐらされた縄の中に、金五郎も、マンも、残された。」

青空文庫から引用しました。